久しぶりの休日。
ベッドを背凭れにして、ひたすらボーっと空を眺めていた。
時間の進み具合が、とにかくゆっくりだ。
ポカポカと照り付ける日差しに誘われて、ついつい大きな欠伸が漏れる。
一見、いつもと変わらないごく普通の休日。
だが、実は決定的に違う事がある。
それは、サクラがこの部屋に居る事・・・。
――― 最終兵器サクラ ―――
「あのさー・・・」
「はい?」
「・・・なに、やってんの?」
「ツボ刺激」
「・・・なんで?」
「
面白そうだから」
「・・・へぇ・・・」
オレの膝を枕代わりにしながら、サクラがせっせせっせとオレの右手をいじっている。
図書館で見つけたと言うツボの本を首っ引きに、指の間だの爪の先だの、至る所をギュッギュッと指圧しては、
ここはナニナニのツボだの、ここはドコドコに良く効くだの、ご丁寧に講釈まで垂れている。
まあ、気持ち良いといえば、確かに気持ち良い。
どことなく身体もスッキリしたような気になってくる。
しかし、それ以上に大きな疑問が一つ。
こいつ、どうしてオレのツボなんか刺激してんだ・・・?
サクラ曰く、「こういうのって自分でやるより、他の人にやってもらう方が断然気持ち良いじゃない!」だからだそうだが、
何もわざわざ休日を潰して、他人の手のツボを刺激しなくても・・・。
ホント、今時の女の子はよく分からない。
もうかれこれ三十分近く、右手をサクラに占領されている。
しかも、ごろんと膝に寝っ転がられているもんだから、身動きする事も儘ならない。
仕方なくボーっと窓の外を眺めている訳なのだが、そもそも何でサクラがここに居るんだ・・・?
「・・・・・・」
いつの頃からか、休日になるとサクラが遊びにやってきた。
最初は、オレが貸した本だか巻物だかを返しにきただけだったと思う。
そのまま帰すのもなんだから、上がらせてお茶の一つも勧めてやった。
そしたらいつの間にか、休日の度に顔を見せるようになって、勝手に他人(ひと)の家の冷蔵庫に甘い物仕舞い込み始めて、
挙句の果てには、オレの膝で完全に寛いでやがる・・・。
「うーむ・・・」
「難しい顔しちゃって、どうしたのー?」
「いや、別に・・・」
「このツボ、気持ち良くない?」
「あー・・・、気持ち良いよ。気持ち良いんだがねぇ・・・」
どう考えても分からなかった。
まあ大切な教え子だからいろいろ気に掛けてやってはいたけれど、それはあくまでも担当上忍としてであって、個人的にどうこうではなかったはず。
なのに、どうしてこんなに懐いちゃってるのか・・・。
「ふむふむ。なるほどねー・・・」
何がふむふむなんだか・・・。
だらけた姿勢の割には真剣な目付きで、いろいろオレの手をいじり回しているけれど、果たしてサクラは楽しいんだろうか・・・?
「・・・なあ、サクラ・・・」
「はぁーい」
「こういうのって・・・、楽しいのか・・・?」
「うん、楽しいよー、為になるし。先生だって気持ち良いでしょ。・・・じゃ、今度は左手ね」
小さく仰け反りながら、だらんと垂れ下がったオレの左手を捕まえにくる。
「よいしょ・・・」
不意に白い喉元が露わになって、軽く開いた襟の隙間から胸の奥がチラッと覗いた。
(え・・・?)
不覚にもドキッとしてしまった。
女の裸なんて珍しくも何ともないのに、いい大人がサクラ如きに何ときめいてんだよ・・・?
「・・・なぁに?」
「あ・・・いや、なんでも・・・」
オレの微かな動揺に気付いたのか、サクラが視線を上げて不思議そうに見詰めてくる。
ちょうどこの位置からだと、横に伏せながら大きく上目遣いしているようにも見えて、やけにサクラの表情が色っぽかった。
(こいつ、こんなそそる顔してたのか・・・?)
サクラの顔に女を感じた途端、急に頭の重みが、ずしり・・・と響いた。
微かなサクラの動きが腿に伝わり、妙に落ち着かない気分になってくる。
綺麗に手入れされた髪の毛がサラサラと下に流れ、真っ白なうなじがそこから覗いてみえた。
細い・・・。折れそうなほど細い。
ドキン・・・と、また心臓が跳ね上がる。
(マ、マズい・・・)
ちょっとでも意識し出すと、丸みを帯びた肩のラインだとか、程よくくびれた腰の辺りだとか、とにかくそういう所ばかりが目に入ってくる。
まだまだ子供だと思っていたのに、いつの間にやらもう十分に男を魅了する“女”になっていた。
そうなるとこの近すぎる距離は、大変危険極まりない、超デンジャラスなものになってしまうのだが・・・。
(い・・・意識しちゃいけない、意識しちゃいけない・・・)
ツー・・・と、背中に冷たいものが流れていく・・・。
なんとか気を紛らわせようと必死に天井を見上げ、やたら小難しい事を考えてみるのだが、ちょこちょこサクラが頭を動かすので、
その度に腿が刺激され、それが腰に響き、ちょっとでも気を抜けば“大変な事態”を迎えつつあった・・・。
(な、なんだよ・・・。冗談じゃないよ・・・)
せめて身動きが取れれば、何とか誤魔化しようもあるのに・・・。
なんで自分の部屋に居ながら、タラタラと脂汗をかかなくてはいけないのか・・・。
(は、早く終ってくれー、早く終ってくれー・・・)
オレの葛藤など露知らず、サクラは相変わらず鼻歌まじりにオレの指をいじくっている。
指に感じる柔らかい手の平の感触が、これまた“事態”に追い討ちをかけてきた。
(ん、んがぁーーっ・・・!と、とにかく気を紛らわせないと・・・!)
眉間に皺を寄せ、ギリギリと歯を食い縛る。
唯一、自由な右手で髪の毛を掻き毟り、鬼のような形相で頭に湧き上がるアブナイ雑念を必死に追い払うのだが、
どういう訳かその度にサクラの胸や腰に目がいってしまって、かえって自爆しそうになるのだった。
(だ、誰でも良いから助けてくれ・・・)
「あれ・・・、カカシ先生どうしたの?」
「・・・なっ、なにがっ!?」
「先生の手、すっごい汗かいてる・・・」
「ハ、ハハハ・・・」
「もう・・・、これじゃ滑ってやり難いじゃない・・・」
ブツブツと文句を言いながら、よりにもよってオレの手を自分の服の腹の辺りに擦り付けやがった。
ゴシゴシと強引に汗を拭き取り、何事もなかったようにまたツボ刺激の作業に戻っていく。
しかしオレの手の平には、しっかりと女性特有の柔らかい腹部の感触が植え付けられてしまった・・・。
「アガガガガ・・・」
「フンフンフン♪」
わざとだろうか・・・。
それとも、本当に無意識の仕業なのか・・・。
身体中を強張らせ、涙目になって天を仰いでいると、またサクラの身体がモゾモゾ動き出す。
(今度はなんだよ・・・)
「よーいしょっと・・・」
向こうを向いていた頭が、ごろんと大きくこちらに向き直った。
サクラの目の前には・・・、目の前には・・・。
(や、やばい!)
「サ、サクラッ・・・、すとぉーーーーっぷ!!!」
思いっ切り前屈みになりながら、力の限り叫んでいた・・・。